
※登場人物は全て仮名です。個人の体験談を参考に作られています。
わたしは佐藤美香、32歳、独身。猫を愛して止まない女だ。
問題は、私が重度の猫アレルギーだということ。猫カフェに行けば30分で目が腫れ、鼻水が止まらなくなる(薬を飲んでなんとか耐えられる体です。)
それでも猫動画は毎日3時間見る。矛盾?そんなの知らない。猫は正義だ。
その日の夜、何気なくつけていたテレビで運命の出会いがあった。
「猫の毛並みを再現した、着る毛布やクッションが大人気!その名も猫フィール!」
リポーターが茶トラ柄の着る毛布を羽織って「まるで猫に包まれているみたい」と笑顔で言っている。画面には抱っこ用クッションも映っていて、まるで本物の猫を抱いているように見える。
ちなみに私の初恋の相手は、近所の野良猫の茶トラだった。名前はつけていない。勝手につけたら飼い猫になってしまう気がして、遠慮した。あれから20年、あの子は今どこで何をしているだろう。
いや、そんなことより猫フィールだ。
「これ…欲しい」と呟いたが、明日は親友の由美の家に遊びに行く約束がある。買い物は後回しだ。
由美は私と同じく猫好きなのだが、彼女もまた猫アレルギーという呪いを背負っている。「猫好き猫アレルギー友の会」の会員は私たち二人だけだが、会費は無料だし活動内容は猫動画の共有だけなので、とても平和な会だ。
翌日、由美のマンションに到着。玄関を開けると、リビングのソファに何かがいた。
茶トラ柄の、丸まった、もふもふしたもの。まるで誰かに抱っこされるのを待っているような、そんな姿勢で。
私の脳内で警報が鳴った。「猫だ!猫がいる!」
「由美ちゃん!!猫飼ったの!!??」
私は猫アレルギーのことなど完全に忘れ、ソファに駆け寄った。
「ねこちゃーん!可愛い!いつから飼ってるの?何ヶ月?オスメス?抱っこしていい?」
そっと手を伸ばして、クッションを抱き上げようとした瞬間。
キッチンから出てきた由美が、微妙な表情で言った。
「美香…それ、抱き枕型クッションなんだけど」
クッション。
クッション?
今、私は何をした?
思い返せば、私はクッションに向かって赤ちゃん言葉で話しかけていた。しかも「抱っこしていい?」と許可まで求めていた。由美に猫の性別を聞いていた。
ここで一つ、私の人生で最も恥ずかしかった瞬間トップ3を発表したい。
第3位:大学の授業中、先生に「お母さん」と呼びかけた。
第2位:好きな人の前で、ズボンのチャックが全開だった。
第1位:今、この瞬間がチャンピオン!クッションに全力で話しかけた。
「昨日テレビでやってた猫フィールってやつ。すごいでしょ?抱っこしてみて」
由美がクッションを手渡してくれる。本当に猫そっくりだ。茶トラの毛並み、丸まった形、重さまで完璧に再現されている。
「ちょっと待って、アレルギーなのに猫飼ったと思ったの?私のこと心配してくれたの?」
由美が笑い出した。笑うな。私は真剣に猫の幸せを願ったんだ。
恥ずかしさを押し殺して、私はクッションを抱きしめた。
柔らかい。温かい。重さが、ちょうどいい。本当に猫を抱いているみたいだ。
胸の奥がじんわりと温かくなる。これは…猫を抱っこしたときの、あの感覚だ。アレルギーで猫を抱けなくなって10年。忘れていた感触が、蘇ってくる。
「美香、泣いてる?」
「泣いてない」
泣いていた。
「実はね」と由美が立ち上がる。「他にも買ったの」
クローゼットから取り出したのは、グレーの着る毛布。これも猫柄だ。
「着てみて」
言われるがままに羽織ると、全身が猫の毛並みに包まれた。まるで巨大な猫に抱きしめられているような、あるいは自分が猫になったような不思議な感覚。
防寒対策として最高だ。この冬、これさえあればエアコンの設定温度を2度下げられる。電気代が浮く。浮いたお金でまた猫グッズが買える。完璧な経済サイクルだ。
「あとこれ」
由美が足元を指差す。猫足のスリッパだ。ピンクの肉球が可愛すぎて、私は声にならない声を上げた。
「履いてみて」
履いた。自分の足が猫の足になった。歩くたびに肉球が床に触れる。これは…これは幸せだ。
「それとね」
由美がソファからブランケットを広げる。キジトラ柄の、もふもふのブランケット。
「これに包まって、あの抱っこクッション抱いて寝るの。最高だよ」
想像しただけで幸せだ。猫を抱っこして、猫に包まれて眠る。猫アレルギーの私たちには、夢のような話だ。
「美香、よだれ出てるよ」
「出てない」
出ていた。
由美の家を出た私は、電車の中でスマホを取り出した。
検索ワード「猫フィール 通販」
出てきた。ある、ある、全部ある。抱っこ用クッション、着る毛布、スリッパ、ブランケット。そして、ふと目に入った抱き枕
なんと、この猫の抱き枕!生まれた日によって個性があるだと!!
値段を見る。思ったより安い。いや、猫を飼う費用を考えたら、これは投資だ。猫アレルギーの薬代も浮く。医療費の節約だ。
カートに入れる。抱っこ用クッション、着る毛布、スリッパ、ブランケット。全部だ。全部買う。
ちなみに私の貯金額は今、見ないでおく。給料日まであと2週間。カップラーメンと豆腐で乗り切れる。猫フィールがあれば寒くない。
レジに進む。クレジットカード情報を入力する。
購入ボタンを押す直前、隣に座っていたおばあさんが話しかけてきた。
「お嬢さん、猫がお好きなの?」
「はい、大好きです」
「私もよ。でもマンションがペット禁止でね」
「私はアレルギーで飼えないんです」
おばあさんと私は、猫の話で盛り上がった。猫好きに悪い人はいない。これは真理だ。
電車を降りる前に、購入ボタンを押した。
段ボールを開ける。猫フィールたちが、私を待っていた。
まず抱っこ用クッションを取り出す。圧縮されていた(えっ!)はじめはびっくりしたけど、袋からだすとじわじわと膨らんでいく
由美の家で見た茶トラではなく、私は黒猫を選んだ。初恋の次に好きだった猫が黒猫だったからだ。
ソファに座って、クッションを抱きしめる。
ああ、これだ。この感触。この重さ。この温かさ。
猫を抱っこしている。猫アレルギーなのに、猫を抱っこしている。目が腫れない。鼻水も出ない。でも、確かに猫がここにいる。
次に着る毛布を羽織る。三毛猫柄を選んだ。三毛猫は幸運を呼ぶと言われている。この冬は良いことがありそうだ。
スリッパを履く。猫足になった自分の足を写真に撮る。インスタに載せる。いいねが3つついた。
ブランケットをソファに広げる。キジトラ柄だ。これに包まって猫動画を見る。至福の時間だ。
暖房を消した。猫フィールがあれば寒くない。本当に暖かい。触り心地も最高だ。
着る毛布を着て、クッションを抱いて、ブランケットに包まる。
テレビで猫動画を流す。部屋には猫グッズが溢れている。でも、本物の猫はいない。
ふと、クッションに話しかけたくなった。
「ただいま」
クッションは答えない。当たり前だ。クッションだから。
でも、いいのだ。これでいい。
猫を飼えない私たちには、猫フィールがある。これは猫じゃない。でも、猫を感じられる。猫を抱っこできる。それだけで十分だ。
スマホが鳴った。由美からのメッセージだ。
「買った?」
「全種類買った。今、クッション抱いてる」
「私もよ。今夜は猫フィール着て寝よう」
「了解。おやすみ、猫たち」
「おやすみ、猫たち」
今、私の部屋は猫フィールに囲まれている。猫はいない。でも、猫がいる気がする。
クッションを抱きしめながら、私は眠りについた。
夢の中で、私は猫になっていた。誰かに抱っこされて、温かくて、幸せだった。
これでいい。これが、私たちの猫との暮らし方だ。